重い道具を使っていたときに、感じたこと

最近、施術をするときにかなり大きなおもりのようなものを利用して圧を創りだしています。


そのおもりの各種特性を鑑みて自在に利用していくことで、
今までの自分の手圧でリリースする限界を越えることができました。
なおかつ施術が私的にはシンプルにシステマティックになりました。



ただこのような道具を使うことに抵抗がある他の先生もおられるでしょう。
ときにはこれをみて邪道と決め付ける方もいるでしょう。


私は施術の本道とはどのようなものかはわかりません。


唯一、尊守するべきものとしては、
お客様がどのようにすれば、
よりよき状態に移行できるかを考えて結果をだすこと。
それができていくよう進んで行けていれば気分がいい。


そのようなことの積み重ねでしょうか。



私が扱っている道具はウエイトがあって扱いにくいものです。
それを扱うことができるようになるには、
下地が必要です。


私は長い年月にわたり自分なりに体の使い方を学び考案してきました。


たとえばそれは木刀を持っているとすれば、
その木刀のなかに自分の手の神経を延長して伸ばしていくことで一体化する。
地道にそのような感覚を磨いてきましたから、
道具を使うことで手先の感覚をそこで活かす。


そのようなことを研究したあとに利用しています。
残念ながら達人のような技量に達していないため、
まだまだ研究段階ですがが、
日々気づきを増やして完成度を高めています。


なのでどうにかこうにかできることでして、
一見無茶と思われそうですが計算尽くです。


ただし、
まりに重すぎて私はまたまた体がぼろぼろ。
いつものことですね。^-^;


でもこういった他の人がやらないことややりたくないことを積極的に取組めば、
自分のオリジナルの技術ができますから。
表面上を誰かが真似ようとしても、
容易に真似できないようなものを。


そういったもノウハウを構築することは、
これからの時代を生き抜くためには必須。


世界的経済状況を観れば、
徐々に必死に生き抜く覚悟がなければ、
生きづらい時代へと進んでいってます。
それに常日頃からの、
自分なりの備えをすることが必要です。




でもこの道具を扱っているときに、
ふと、私の脳裏にて
「これって修練を積んで扱いを会得すれば、
誰でも筋膜をリリースする力を持てるはず」
そんなことを直感して口に出ていました。



今までいろいろと施術方法を試作してみても、
これは結果を出すには技術が繊細すぎて難しいものばかり。
繊細すぎる技がほとんど。
私的には単純至極なことをしているだけに思えるのですが、
それは自分で自作したので深い要領がわかっているからのこと。


そのようなことをうすうす感じていたため、
一般の方に施術法を詳細に伝えてみたいと思いつつも、
それがまったく進まないようなありさまでした。


ですが今回は直感的に、
しっかり施術を学んでみようと性根を入れて取り組む人には、
役立つパフォーマンスをお見せできるかもしれないと思いました。
ここが私の施術技術の落とし所なのでしょうね。


私のこんなふとした口に出た直感は、必ず叶う。
それが常でしたので。



厳しい中でも経済的自立して生きていくには、
私たちひとりひとりが身近なものを助けて協力していかねばなりません。


砂漠に住むものは、その大変な生活を送りながらも来訪者には優しい。
ともにいまは大変な砂漠にいる者どうしですから。
人として人を助けることの、
情けは人のためならずの真意を理解してのことでしょう。


できれば生きて行くための健康面での隣人や親族での協力していく術を、
広く一般の方も持つことができるようになれれば素晴らしいと思います。