自分に遺伝子を渡した祖先への思いをはせる。それは彼らの食事、そして運動、生活様式などを具体的に。それを真似た生活を取り入れたとき、どうなるか?

人種により異なる筋肉【速筋(白筋) 遅筋(赤筋)】


私は、知人のつてで黒人系の方の施術をしたことがありました。


そのとき。
衝撃でした。

外見上の違いもさることながら、
筋肉を触った感触が日本人とは異なっていたからです。


以前、白人系欧米人の施術をしたときも、
日本人の筋肉との違いを感じたものでした。
ただそれはアフリカ系の方と比べれば、私のなかでは理解できる許容範囲内でした。


なぜ、それほどまでの違いをアフリカ系の方に感じたのか?

 


あとで調べたのですが、

理由のひとつに、次の発見がありました。

 

■ 瞬発力の『速筋(白筋)』と持久力の『遅筋(赤筋)』

人種により白筋割合は異なります.png


私の指先は日本人の筋肉を触り慣れており、データの大部分が日本人対応仕様になっていたことに気づかされました。


アフリカ系が瞬発力が大きいですね。70%も白筋で構成されています。 
白身魚が機敏に動くがごとく、とっさのときに瞬時に力を発揮できます。

それに対して日本人を含む東洋系は瞬発力は、
アフリカ系よりかなり低い白筋が30%です。

日本人は赤みがかった持久力を発揮する遅筋という筋肉が70%もあるということ。
いわば赤身魚の代表格といえばマグロでしょうか。
長い距離を泳ぎ続けるパワーがあります。
マグロと日本人は、似た筋肉の質をしているということです。

東洋系の方で「そこまで持久力はないぞ」と言われる人もおられるでしょう。
ですが、筋肉的にはすぐれた持久力を発揮できるポテンシャルが隠されているのは確かです。

 

それはここ数世代前のルーツとなる祖先が生活した環境、つまり出身地の違いにより、
私たちのカラダの筋肉組織の白筋と赤筋の筋バランス構成が決められました。

 


自身の祖先の生活する姿に思いをはせてみるのもいいでしょう。


アフリカ系の祖先はアフリカのサバンナで狩りをして捕らえ難い獲物を射止め、
ライオン等の捕食動物から身を守る知恵をもって生き抜いた。
瞬発力をもって獲物に襲い掛かることができない、
とっさの捕食動物の攻撃から逃げる力がなかったものの遺伝子は、
遺ってはいないでしょう。

子孫は、いわば瞬発力で生き抜いたエリート。
祖先が身にしみこませた生きる術を継承しているのでしょう。


東洋系の、たとえば日本人。
祖先は弥生時代に伝来された米作で、根気がいる仕事をするようになりました。
農業の農作業に耐えうる身体と農耕の知恵をもって生き抜きました。
また江戸時代には、江戸から徒歩で町人や武士もお伊勢参りをしたのです。
当時の舗装されていない道路は、山間部はほとんどが獣道に近い険しさ。
それにも関わらず、粗食にて遠路を歩ききりました。
実際の話、そのタフネスさには、脱帽するところがあります。

子孫の私は、祖先が身にしみこませた持久力を継承しています。

 

祖先が私たちのカラダの筋肉の構成を決めています。
面白い見方ですよね。

 

数世代前の祖先との生活環境や労働環境、移動手段などの違いから、
数世代後の子孫のカラダのなかの筋構成は、いったいどのようになるのでしょう。
別の視点で考慮すれば、どのような筋構成を贈ることになるのでしょう。

これは筋肉の白筋と赤筋の構成だけに限った話ではありません。


本によると100兆個もいる腸内細菌の善玉菌の量が日本人はすぐれて多いといわれています。

それだけ消化し吸収する能力にたけているということです。

にもかかわらず欧米化した食事に傾いて、
私たちの祖先の食べてきた食事とは離れてきました。
基本的に古来より食べられてきた日本の食は、
消化吸収がいい食材をいただいてきました。

それが脂肪など消化吸収に時間がかかる欧米化した食事に傾倒してくると、
必然的に腸内に滞留して消化吸収する時間がかさんでいきます。

それがいつしか祖先の偉大な遺産、腸内細菌の働きを失してしまい、
体調にまで影響がおよぶようになってきました。

薬局でもっとも売れているお薬は何かといえば、便秘薬。
そのことからもわかるでしょう。


もちろん食の嗜好というものも大事です。

ですからいきなり祖先が食べていたものを再現して食べ続けようと強制的に勧めたいのではないのですが。
もしかしたら、、、
3世代ほど前の祖先がおいしい暮らしをしてくれていたならば。
そのときの食事様式、運動スタイルなどを模してみたら、
カラダの健康の質がよみがえる可能性があると想像しています。


ただ食事様式では。
食材など、当時の有機で栄養価が高いものと今の栄養価の落ちた食材では、
差が大きく開いているので。
注意深く買い求めるものを選別していかなければ、
意味がないといえるでしょう。


私のおじいさんやおばあさんはいませんが、
あなたに健在な祖父母がおられ、
数世代前の方の話を聞くことができれば。
食事様式やカラダの所作などのお話です。

私のようにすでに祖父母等の過去を知る生き字引が他界しているならば、
自身の3世代前ほどの祖先の暮らした場の記録をあたるとよいでしょう。
当時の暮らしぶりを記す文献を集め、
その資料に基づいた料理をいただいたり、
労働様式を真似てみると。


自分の知られざる自身の遺伝子に書かれた事実が、再浮揚してくるはず。
自身の本能が揺さぶられるような身軽さ、生命感。


私たちの生活様式は、ここ100年で急激に変わりました。
元々保守的な私たちの身体は、変化の順応に時間が必要なのです。
変化に順応できる準備ができていないまま、
表面上の順応をしたつもりでいれば。
その内部で起きている、健康を阻害する要因が生じても気づかないでしょう。

それはただ、原因不明の不思議なことが起きていると。
無意識に自身の無力を受け入れるしかないとあきらめることにもなりかねません。
そのような場合にあたりそうだと思えるケースを、
目の当たりにしたこともありました。

 

このアイデアは個人的な考えですが、
意外に見過ごされている視点ではないかと思います。