親からの影響の一面

両親からの影響。


子供は13歳までに親から様々な影響を受けて成長する。


それは善きにつけ悪しきにつけ。
本当に様々だ。


親からの愛情を全身で受け止め感じ入ることができれば、
その子は成長し親がもしいなくなったとしても大丈夫。
親からの手厚い愛情という承認はその後も続いていく。


親からの愛情をいただけないとき。
または様々な誤解が生じて不幸な親子の仲違いがあるとき。
子供にしてみれば自分の両親が共に人格者であって欲しい。
親も子供を産んだら急に人格者の仲間入りができるわけではない。
子供にはそのようなことを理解することは難しい。


家庭内に両親の不和があれば、
発病したり問題行動を起こして自分の方へ視線を向けさせようとする。
親を仲違いさせるどころの算段ではないようにさせることもある。


心理学を学んでいればしばしば出てくる事例で、
以下のようなときがあるのです。


親がとても自分に気にいらないようなことをしてしまう。
そのことに自分は傷つけられ苦しんだ。
だが自分が成人した後に気づいてみたら、
親がずっとしていた一番嫌いなことを
そっくりそのまま真似てしまっている。
だが自分では親の真似をしているなんて気づかない。
不思議に思えますよね。。。


でも・・・あまり不思議でもないのです。


親が自分に気にいらないことを自分にした。
でも子供の頃の自分はやはり親の関心を引きたかった。
親の関心を引くための手法として、
親と同じことを自分がして親と同調して自分を受け入れてもらいたい。
そういう本能的に深く根ざしたといえるほどの、
親から振り向いて欲しいというプログラムが、
自分の潜在意識の中に入り込んでいるのです。



商談をするときに顧客の口癖を真似たり話す速度を真似たり、
姿勢を真似たりというようにすると相手が無意識に自分を受け入れたくなる。
自分と同様の人間だと受け止めてそのものを受け入れてくれるという仕組み。
相手のミラーのような動きを自分がすることで気にいられたい。
NLPではこれを『ペーシング』といいます。
このペーシングは本能的に相手の心の武装を解くために使うことができる。
これを無意識に自分が親が自分を傷つけたと同じことを、
親のペーシングを使うことで自分も他の誰かにしている。
自分では「当然のことをしているだけ」という
信念ができあがっているようだ。
無意識に親の嫌なところが自分に乗り移って行動しまう。
それが何度も何度も繰り返されてしまう。


それが自分を親に気にいってもらいたいために無意識でおこなってしまう
悲しいすり寄りなのです。




先だってお会いした女性もこのパターン。
そこに当てはまっておられました。
もちろん無意識に自分でそうしている。
だから私が『なんでそのようなことをするのか?』といいましても、
『私にはそうするのは当然なの!』という言葉のぶつかり合い。
瞬時にその女性の人格が変ると私が訴えても理解してもらえない。
逆に私が攻撃されるはめになりまして。。。^-^;


ですが幸運の天使が舞い降りました。
いろいろとお話をお聞きするうちに、
親の行動パターンのペーシングをしていることに気づいた。
そのようなエピソードを探り当てられました。


誰もが子供から親になっても、
親ほど自分に影響を与える人はいないのですね。


親と同じことをしている。
そのことをひとまず認めてもらいました。
生理的には認めづらいことです。
客観的な見事な一致がありました。
悲劇がそこで起きていたのですね。
その女性のもとにもそして親のもとにも。
同じように他の人を巻き込むトラブルが。
さすがにそれを突きつけられると、
背筋が冷たくなるのを感じたはず。
そして何かが自分の内側で動いていることに気づき出しました。


無意識に親の行動のペーシングをして親に気にいられるようにしていた。
既に親と子の関係は昔の10歳以下の子供の頃とはまったく違うのに、
未だにその女性の無意識は親の行動のペーシングが止まっていなかった。



親が自分を傷つけた場面。
自分がおびえていた場面。
そのような場面が口をついてでてくる。
目には大粒の涙が止まらない。
その頭の中にいる親は、
女性の頭の中では常に自分を傷つける。
そのような印象像を創り続けていた。


これはセレクティブメモリという、
印象に残った記憶だけを選択して過去を自分の思うように再構成する仕業。
結局は親が自分にかけてくれた愛情よりもその傷ついたことを選択して、
人を傷つける人物像を思い描いてしまう。
記憶は事実ではない。
単なる解釈にすぎない。
その解釈が止めどもなく自分を印象的な親の基へと導いていく。


ではどうやってこのペーシングを切ればいいのでしょうか。


ひとつはセレクティブメモリという記憶の選択枝を書き換えること。
気にいらないような親の面もある。
だがもちろん親が自分にしてくれたことや楽しい思い出もある。
親を感じるときに迫ってくる印象波動を緊張が鋭くえぐるものから、
今は親と二人で旅行にもいけるようになり楽しみを分かち合えるという
幸せなリラックスできる印象波動へと変るように記憶の選択肢を整理する。
人はたいていプラス面もあればマイナス面もある。
いつもはマイナス面という危険を避けたいという強烈な本能からそれしか選べなかった。
だが自分がすべての記憶の何を思い出すか選択できる神となればいい。
そして愛情の波動を自分の記憶の像の中にしみこませるといい。


あとはもうひとつ。
親の心の武装を解くためにおこなっていたペーシング。
これを手放せばいい。


自分が親と同じほどになった。
独立して生活することができる。
そのときにとる親の心と対峙する手法。
親が未だに自分を傷つけていたことをしたとき。
自分が親がその手法を手放すことができるような『見本』や『手本』を、
親の前で示していくことだ。
それしかないと思えた。


親のペースに自分が巻き込まれるペーシング状態だ。
それをあなたのペースに親を巻き込むのだ。


それからずいぶん長い時間その『見本』や『手本』について、
いろいろと話し合いました。
そこには建設的な会話特有の沸き立つ感じが芽生えていた。。。

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ただこの女性が特別な存在というわけでもないのです。


親の影響力を自分がコントロールできるようになると、
自分の成長が加速することが多い。
そして多くの場合、
生命力が大幅に強靱へ生まれ変わる。
そのような様子を幾度も観てきました。