身体の瑞々しい若さを維持促進するために

自然に動くこと。
無理をした動きをしないということ。


自然に動く動き方を感覚データとしてストックする。
そうしていくことで「動くことが整体」となる。


そのようなものです。


自然に動くとはどのような動きだろうか。
よい動き方を実際に自分の身体が行ない、
幾度か繰り返して感覚データをストック。
よい動きを積み重ねることで徐々に力みのない自然な動きが創られていく。
言葉を変えれば「自然な動きを取り戻していく」のです。


そのためには多くの修練時間が必要です。
「よい動きとはどのような動きか」という解答を正解できなければ、
動き方の感覚データを蓄積することができません。
この感覚データの蓄積作業は地道そのものの作業。
残念ですが一般の方は受け入れにくい傾向がある。
適切な指導書も少ないのが拍車をかけている。


そんななかでも良い動き方に身体の使い方を
バージョンアップし続ける人もいる。
その努力をし続ける方々は
筋肉の使い方はより精密に満遍なく筋肉を使えるようになる。


ここで筋肉の使い方のよい例と悪い例を比較してみよう。


筋肉の使い方の良い例。
全体の筋肉を満遍なく70%の出力で使う。
30%の休む余力を残しておくのです。
この余裕があると血行阻害が少ない。
心拍数も上がり過ぎないのです。
100%で筋肉を力ませて使わない。
だから関節のずれを生まないで済む。


筋肉の使い方の悪い例。
一部の筋肉を100%利用するが他の筋肉は10%も使わない。
すると100%使い切られて余裕がない筋肉の張る。
血行を阻害しながら筋硬化する。
何度も繰り返し使われるならば、
醜いしこり化してしまうのです。
疲労物質の乳酸蓄積量も多く疲労しやすくなる。




二つの使い方の差は非常に大きいことがわかるでしょう。


動きを改善しつづける人は、
筋肉の良い使い方をするよう身体を導く。
これは意図的な修練や学習から生まれる。
だが動きの改善ポイントを把握できていないとき、
自分で意図しないうちに悪い例へと傾く人も多い。


的を得た合理的な動き方を追求する。
その結果「動けば整体する」「動けば筋肉が緩みだす」となる。
これは素晴らしい養生法として取り組む価値がありますよね。


だが前言したように
良い動き方の感覚データを蓄積することが必須。
その指導には時間と根性が必要。
その労を惜しめば形骸化された
成果のない代物しか得られない。
動きの指導は成果を吟味する姿勢がなければ言葉で誤魔化されます。

良い動き方の感覚データを蓄積できれば、
無理なく自然に動けるように変わります。
自身のバランスを崩す癖のある動きを捨てる。
そして素直な自分の身体を取り戻すことで
身体の瑞々しい若さを維持促進してくれる。

動けば整体化するムーブメント。
それが身につけば宝ですよね〜。^-^)