内なる声<<批評家>>の対抗の仕方

セルフ・エステーム。
うぬぼれではない本当の自信・自尊心・自己評価。
そのこころを育てられておれば、
こころのなかに<<批評家>>があらわれることはめったにないでしょう。


批評家とは、自分自身を落としこめるこころの内なる声のことです。
「あなたは今までうまくいったためしがないじゃないの。
今回だって当然そうなるはずですからおやめなさいよ。」
とか、
「怖いんだったらやめちゃいな!」
とか。


行動を抑制する嫌な自己評価をしてくれる内なる声。


この批評家が大半のこころの病をつくります。
心理セラピーでは批評家の内なる声のボリュームが低くできると、
ときには飛躍的な成果をあげることもあるといいます。
つまり正しい自己評価ができるようになることで、
こころのバランス感覚を取り戻すことができます。


これで目標による自己管理がしやすくなります。
生産的な行動とこころのゆとりが現れてきます。


多くの場合批評家が胸のうちでけたたましく叫んでいると
客観的に見つめることができればやり過ごせることも多い。


「怖いんだったらやめちゃいな!」と内なる声が叫べば、
「怖いんだったらやめちゃいな!と内なる批評家が言っていますと。
そう感じている自分がいるのですね」と眺める。
客観的立場に立ってなんらおびえることなく。


フォーカシングでは
「<<批評家さん>>あなたの気持ちが痛むようなことがあったのでしょうか。
痛みでなければ、心配ごととか、なにかがすごく怖いとか。
そうしたことがあったので、
さっきのような声の調子で私に向かって
話をされることになってしまったのではないでしょうか?」
というように、
批評家が批評せざるをえない胸の痛みに耳を傾けるのもよいといいます。
この際に批評家が主張する内容は無視しようというアイデアは面白い。
もし寸分の納得できる内容でも感情的な叫び声をあげているならば
その声が親しげな調子で思いやり深くことばを伝えてくれなければ
お話をするのは無理ですね、といいます。



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私自身、
こころのなかの内なる声に常に傷つけられおびえている。
自覚があります。


ただ施術ではこころの内なる声が入る隙をつくらないため、
とにかくなんらかの作業をし続けるよう追い込んでいます。


実際にお客様を前にして施術をしている時間も仕事ですが、
私どもではお客様の人数を少なくして次回にそのお客様の
施術をするときになにをすべきかと考え徹夜する。
多くの時間を費やします。
お体は各々が特徴的で違いがあり、
状態把握が進めばすべき対応法も異なる。
だから調べものも多様となり時間がかかる。
理想とする技術に至らず未熟さを痛感している。
だから批評されても「あぁそうですよ」と応え
「今やってるんだから黙ってろ」とねじ伏せる。
性格に似合わずけっこうな強気です。


だからでしょう。


他の生活面では内なる声が叫んだとしても、
施術では最近は批評家の声が鎮まりました。
さしずめいっても無駄だと気づいたのでしょう。


こんな批評家封じの方法もあるのですね。^-^;