今日一日、健やかに。

私の日記で2010年05月07日『便秘からくるレムフェルト症候群』の経過を書かせてください。


大腸がんの知人の施術をさせていただいたのですが、
体調が回復して安定してくれました。


さすが奥様にお墓のチラシをみせて
「ここ、どうかな?」というほどに、
せっぱつまっていたのです。


私に直接すぐ来てくれと頼むのはよほどのこと。
そうじゃないと絶対いきなり呼んだりはしない人達なので。
尋常じゃないっていうことを私も察していました。


腫瘍マーカーはがんの高かった数値が低下していると指し示していた。
食欲が出て体力も出ていたが、
大腸がんの関連が肺経からのダメージから少なからずきていたぶん、
心肺機能に問題がでてきていた。
簡単に言えば横隔膜が上にそそりあがって下に降りてこない状況だった。
呼吸も苦しい。
それに横隔膜が下がらないからいきむことができず便がまったくでなくなっていた。


胸郭全体に起きている異常をダメージなく調整しなければ。
腕には抗がん剤を入れるための左胸のチューブ口、人工肛門の部位など、
持ち手に気をつけながらで、案外と難しい。
それに私の自宅で施術をするときは、足場に滑り止めを配置している。
だが出かけた先にはそれがない。
力の合力で欲しいベクトルの力を創りだしたくとも、
わずかながらずれてしまう。
数ミリのずれでも、施術の成果は生き死にする。


緊張しながら微修正をかけながら圧を掛けてコントロールして、
硬くガチガチでした胸郭を、
文字通りフニャフニャというような柔軟な状態に変えた。
胸郭をリリースするのは、かなり器用にできるようになりましたんで。
この日のようなことが起きるのは、
すでに一年前から想定していますから。
研究と準備は十分してました。


それで胸郭が動き出し明らかに呼吸も変わった。
声も変わってきていた。


ただいきなり全身のくまなくへ血行がよくなり血中酸素量が増えたんで、
本人は眠くなってきたり意識がぼーっとしてきたりで、
疲れたから寝る〜といって、寝ちゃいました。


そのようないつもとは違った状態での施術でしたが、
私の頭の中で事前に完全に施術のシュミレートはできていましたから。
それに「骨盤を調節するのではなくて、腰を立てよ」というインスピレーション。
これがこのたびのキーになってうまくかみ合っていた。


施術を受けている本人は気づかなかったかもしれないが、
施術中に意識を失い眠るようなトランス反応がおきてきた。
副交感神経系が正常に機能するようにスイッチしてくれた。
これで長期にわたる不眠がおさまるきっかけをえることができました。


この施術が成功してくれないと、
私は次のようになっていくのではと思っていた。
まぁ、そうはならないかもしれないが、
そうなるんではないかという最悪の状況を想定しながら、
真剣に施術をしていったということです。


医療的対応は点滴をして、呼吸器をつけなければならない状態になる。
呼吸器をつければ、ここ数日の体力を消耗しきった状態が拍車をかけ、
それはもう足腰が弱り寿命がすぐに尽きることを意味している。


そのように命を終えていった人の経過を、私は何人か知っております。。。



私が癌を直接癒せるわけではないんです。
ただこのたびのことは癌が改善したとしても、
他の要因で足をすくわれてしまっていたので
それを放置してリカバリーできるタイミングを逃せば、
事態は深刻さが増して、
私の手におえないところとなっていたでしょう。



私が研修中だったから、
他の用事を押しのけてすぐに駆けつけられたのもよかった。


もし私が施術を数人したあとでクタクタだったら。
それに私が外出していたら、携帯電話を持ち歩かないので、
連絡は取れません。
そうしてしまえばかなり厳しい状態に、なっていたでしょう。
肉体的にもそして精神的にもです。
呼吸ができないし寝れないし腹部にたまったモノが苦しいし。
そのぎりぎりまで私に電話してこないんで、
気を使いすぎだよといいましたし、
そうなる前にとりあえず医者にいきましょうねと申しました。
ぜひ、そうしてくれた方が私もうれしいので。^-^;


あとになっていろいろなタイミングが絶妙にあっていなければ、
と考えると背中がヒヤッとしました。



そんな状態で昨日、
電話口で明るい声をしていた。
その声が聞けてほっとしたんです。
数日して腸閉塞も起こらず、
医者に行って腫瘍マーカーの結果がずいぶんいいねっていわれて喜んでいた。


今日はがんばって、庭いじりに精を出しているんだとおっしゃられます。^-^)


今日一日、健やかに。


それだけでいいじゃないですか。
そうなんですよね。