先に想定して考えぬくことの大切さ

図書館で、『居合の研究夢想神伝流 上』という本を借りてきました。

居合の本です。


好きで長い時間、
見続けられます。


えっ、今日一日、終わっちゃったの!?というような感じです。



こちらの本は居合の型を伝えるにとどまらず、
危機的状況を想定して、
そこから切り抜け勝つ。


そのようなことができるよう指南する本です。



絶体絶命の状況であれば、
人は心のありようは観念してしまう。


極端な話、喉に刀をつきつけられた。
そこからどう状況を打開できるよう
自身の体を移動させ相手との間合いを開いたり
刃が当たらねば切れぬ道理を利用して、
飛び込んでいこうか。


試行錯誤をしていく。
きっとそうするうちに、何度も切られているわけですが、
そこは想定してある状況打開を目指した練習ですからいいんです。 ^-^



そのような困難極まりない状況でも、
達者な人はやはり切り抜けるんです。



そうやって切り抜けられるようになると、
ひとつ余裕が手に入ったようなものです。



相手がこわいだろうと剣を胸元にあてがうも、
冷静に切り抜けられると知っているから大丈夫だと信じる。
身をすくめて形勢不利の状態で手も足も出ないようなことはない。
そんなことをしていくことで余裕を増やしていくものなのですね。


闇雲に型もなくかかっていっても術中にハマるだけですが、
すでに想定内のこととして対策を練り込めば相手の想定外に至る。


そんなところが面白いですね。


今現在は、居合と申しましても本当に斬り合うようなことはしてはならないのですが、
居合を実用していた時代では負けは生涯に渡る負傷か死を意味しているのです。


だから想定を綿密にしていって、
いかなる状況が来ても生き残る。
そういう道だったのでしょうか。



人は、心の持ち方が大事です。


そんなことを、
メンタルエクササイズ系の本ばかりではなく、
エドガー・ケイシー療法の本や、
生き方の真理を求める仏教でも、
様々なものがそう説いています。


ただ緊張して手も足も出ないということがないように生きるには、
単純に心を大きく持つだけでは物足りません。


少しだけ日頃から危機的状況を想定しておき、
それを切り抜けるためにはと試行錯誤をする。


そして想定外を減らしていけばいい。


実際に居合を修練するようになられた方の言葉から、
想定で実践的な無理難題を考えるようになると
当初はムリでしょという思いが先行して考えられなかった対処法も、
いくつかの技や工夫の積み重ねをしていくことで見えてきたという。


そうなると居合を通して、
自分は危機的状況でも冷静に対応できる人間だから大丈夫だと思う。
それが日常生活で行われる判断でも。
仕事で想定された危機的状況があっても必ず工夫すればくぐり抜けられる。
ならば私はこのように考えると、クールでいつづけられる。
そういうのは憧れますね。



私も施術では、様々な状況を想定しています。
かなり大変な身体状況を想定しているのです。
それに対処できる技や工夫やノウハウを集め、
そうすることで力を伸ばしてきました。




ただお客様のほうが一歩も二歩も上をいき、
自分の想定の上をいくこともあります。


そうなると、ブツブツと小声で、
「あーでもない、こーでもない」と無様にも言い出す始末。 --;


普段は、頭のなかのメンタルスクリーンのような部分で、
施術をしてどの部位をどのように変えていくか見えてる。
そのためにはどのような作業内容でということを処理し
その図を基準にして実際に触れ微修正をしつつ進むので
それほどの不安はなく執り行えているわけです。


ですが想定外であれば、
そのときには改善後の希望するヴィジョンは描けるものの、
現状とそのヴィジョンの間をなか埋めしてくれる作業を割り出せない。
すると気持ちが不安になり「あーでもない、こーでもない」と始まる。


幾度か施術を受けていただいてリリースすることで、
自分の想定内へと持ち込めればこっちのものです。
ですがそれまでは相当に調べ物をして工夫しつつ
対応しています。


本来は、危機的状況が深刻なほど無心になり、
冷静に判断したほうが勝てるものだとわかれば、
そのときに禅の『無』というようなものを知る。


そのような境地にたどり着ければいいのですが。 ^-^;


緊張してしまう心が手足の動きだけでなく、
発想力にもブレーキをかけてしまう。
それも自分の気づかないうちに。
おそらくそのブレーキをかけなくてもすむよう生きられれば、
こころのあり方が定まったと言えるのではないかと思えます。





余談ですが、江戸時代くらいの剣術の全般的な指南書では、
剣の道を大成するためには、
夜は暗い道を歩いちゃ駄目だし、
酒場のような危険なところはケンカがおきて怪我をするからいっちゃだめだ。
品行方正を旨とするような心がけを語っているのが面白い。


血気盛んな剣を志す若者だから、いったん火がついたら止めようがなくなるだろうからだろうか。