触られるまでは痛いと気づかなかった不思議:気滞血瘀(きたいけつお)について

 

昨日は血瘀・瘀血につきましてお話をさせていただきました。

本日は気滞血瘀といわれる証について、
筋膜リリース手技による軽擦やマッサージなどで起きる不思議な痛みの出方反応を見てまいりましょう。

私どもが筋膜リリースをさせていただくとき。
お客様は普段生活を送る上で、たとえば内転筋群などにおいて痛みやかゆみもない。
または背中の起立筋の一部分においても、痛くもかゆくもない。
すると自分では『まったく問題ない』と感じるものです。



それが手技や軽擦で施術者に触れられたときに、強烈な痛みを感じる方が稀におられます。

このようなとき『触れなければ痛くない』状態で気滞血瘀(きたいけつお)が観察されることがあります。


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気滞血瘀とは、[気が滞る(とどこおる)] + [血が瘀(※)している] 

という複合した状態です。
「瘀(お)」とは東洋医学で血液の流れが滞り、
よどんでいる状態(血瘀:けつお)や、
その結果生じるドロドロの血液(瘀血:おけつ)を指す言葉です。



こうした状態に陥ると「不通則痛」と「不栄則痛」といわれ、
不通則痛」は気が通らなければすなわち痛みが発生し、
不栄則痛」は営養が行き届かなければすなわち痛みが発生するといった
2重に畳み掛けられた痛みが現れて然るべき患部です。

痛みは、細胞組織に危険が訪れたことを知らせる警報です。
火事の火種を放置すれば丸焼けになってしまう。
そういったことが起きないように大火になる前に
火災報知器が火や煙を発見して警報音を鳴らして消火をうながすでしょう。
ここで気滞血瘀の痛みとは、本来そうした警報の機能を持っております。


痛みがないのは幸いと考えていては、
初期消火では済まない被害へと展開する流れでしょう。



ただこうした気滞血瘀状態のとき「触れなければ痛くない」というケースが見られるのです。
特に「不栄則痛」といった血が届きづらくなって酸素や滋養成分など営養が行き渡らなくなると、
激しい痛みではなく、鈍痛やしびれ、あるいは「触れると初めて痛みに気づく」ような過敏な状態として現れることがあります。
激しい痛みではなかったり鈍痛やしびれは、その状態で数日もすれば、
脳が恒常的に届くそうした持続する痛みや不快に慣れてしまう。
するとこの状態でもたいした支障なく生活が送れると判断した脳が、
その痛みや不快感の情報を遮断して反応しなくなってきます。



ここでより気滞血瘀の場合について、詳細を観てまいりましょう。


​「気滞血瘀」は気滞(機能停滞)と血瘀(物質的停滞)が混在した状態ですが、
どちらが優位かによって感じ方が変わります。

​気滞が強い場合:
痛みよりも「張った感じ(脹痛)」や「重苦しさ」が主となり、
精神的な緊張がある時だけ痛むなど、間欠的な性質を持ちます。
この段階では、じっとしている分には無痛であることも多いです。
気滞の病位は皮膚表層近くに多く散かれております。

​血瘀が強い場合:

本来は「固定性の刺痛(刺すような痛み)」が特徴ですが、
深部にあったり、慢性化して組織が硬化(症瘕など)している場合、
表面的な自覚症状としては「違和感」に留まり、
深い圧をかけて初めて痛みが誘発されることがあります。
血瘀の病位は比較的皮膚層より下にある筋肉や骨間際の芯に位置し、
血管や臓器内部にも散在
することがございます。


つまり気滞も血瘀もじっとしていると無痛か違和感がある程度としか感じられないときがあります。

これは火事の火種が燃え広がるも火災報知器が警報音をならしてくれない状態と同じ。
いずれ大きく燃え広がったときには手遅れとなるケースの危うさを含んだ状態です。


こうした場合に特に血瘀が強ければ「固定性の刺痛(刺すような痛み)」があるものですが、
マッサージで軽擦されたり手技を受けて他者に触られたときに、
いきなり血瘀による刺痛があらわれるケースがございます。


施術者はさほど圧をかけなくても針でグサグサッと刺されているような痛みが走ります。
触られた本人は『お願い!やめてー』と
ついつい声が漏れて叫ぶか、
恥ずかしくて声が出せないが叫びたくなります。
もまれたら痛みだしますからそれを拒みたくなることを『拒按(きょあん)』と呼びます。

厳しい痛みですから身を捻って逃げ回りたくなってしまう。
反面、そうなってしまうほどひっぱくした危機的な状態だったのです。




私は施術者等の他者に手技を受ける価値として、
こうした気滞血瘀の状態が進行する初期過程が気づくことができる点を大きく評価しております。


拒按患部ですが、セルフマッサージを施すとき、
人は無意識に圧迫したら嫌な痛みがする部位を触れないよう避けたりします。
拒按部は自分で触っても痛みが相応に少なく減少させてしまうものの、
他者が拒按患部を触ればわずか10グラム圧でも激痛を体感できるのです。
他者による接触は接触箇所に対し集める集中力の強さは
自分で自分に触れた場合の10倍以上だから起きることなのです。

セルフマッサージでは拒按は治しにくい傾向にあるといえるでしょう。



ストレス過多となって気が滞る状態を受けやすい方は、
気滞血瘀の証が悪化してしまうケースが見受けられます。

そうした結果が心血瘀阻証(しんけつおそ)[別名:心痺証]へとつながります。
または体内の臓器などに瘀血の生成が進みやすくなってまいります。

体表部の筋膜層のみに留まらず、深層や臓器に対し状態悪化を加速させる進行レーンに載せられて運ばれる。
それが警報音を切って、水面下で進行するから本人的には自覚しづらいのです。





私が他者からマッサージを受けたとき、
自らの拒按部分にふれられたならば。
自分が自分の体に悪くなるような負担をかけたからしかたがないじゃないか、
と思えるでしょうか?


拒按患部の気滞血瘀の状況を知りつつも、
生理的に逃げ出したくなる苦痛に不安を感じます。


ただお客様方は、こうした気滞血瘀の詳細を知らされないまま、
私に『ほんとうにごめんなさい!ここ痛みます』と拒按を容赦せずに解かれます。
生理的に逃げたくなるしわずかな圧で激痛体験は不安しかないし、
でもこれをうけなきゃ自分がここに何を求めてきたかがわからなくなるし。
等々、多くの考えが頭の中をグルグルと駆け巡っておられたことでしょう。


私がきっちり気滞血瘀の患部を緩めて気と血を流れが促進されるような状態に仕上げます。
すると不思議なほど先ほどまでの拒按した刺痛が消えてしまうのです。



こうした気滞血瘀が放置され続ければ、
血瘀の病理物質が血を濁して酸化したサビを持つように状態以降が物理的に起きるのです。

人は生きていれば、多かれ少なかれそうした結果、生み出されるような腫塊がでてきて、
その血が汚濁されておらなければできた腫塊は壊されて消えてしまうサイクルに乗ります。

そうした気滞血瘀の拒按が起きる仕組みに気づいてみたとき、
特に気滞血瘀の証に当てはまる方は数カ月に一度でも他者による手技やマッサージを受けることをお勧めいたします。

それは健康状態を維持継続するために支払う対価として、
非常に効率の良い投資となるでしょう。

請け合います!
 
 
 

最後に蛇足ですが、
施術で施術者に依頼することとピラティスで自立型を目指すことの、どちらかひとつのみが正解というわけではありません。
自分が求める未来の状態をイメージして、両サービスを自分にようバランスの良さをもって付き合っていただくことが賢明と言えるでしょう。


最後に蛇足ですが、
施術で施術者に依頼することとピラティスで自立型を目指すことの、どちらかひとつのみが正解というわけではありません。
自分が求める未来の状態をイメージして、両サービスをバランスの良さをもって付き合っていただくことが賢明と言えるでしょう。