イメージと動きの相関関係

意拳関係の言葉を調べた。
次のような言葉がでてきた。
『只、意を以て拳を発すれば即ち万招に通ず。』


おそらく
『ただ、イメージを用いて拳を発すると一万の技法にも通じる』という意味。


大成拳と呼ばれる意拳
1920年代に中国の王郷齋によって創始された実戦拳法が、
イメージを用いることを大変評していたということです。


するとここでひとつアイデアが浮かび上がる。
体の使い方のアプローチ方法が見えてきます。


【拳(または優れた運動能力の発揮)】は
【イメージ】により一万もの技法に通じた卓越したものとなるのです。
優れた【イメージ】を身につけることの意義は大きい。
ならばその【イメージ】を豊かでリアルに描く。
そして現実的な合理性を踏まえて捉えること。


その【イメージ】を知育していくこととは、
優れて自分の体の動きを育てるものとなる。


ならばどうすればいいだろうか?


動きを万招させるようなイメージを出力するための訓練をすればいい。
・今持っている自分の体の客観的イメージを描き出す
(解剖学的な棚卸しのようなもの)
・詩的な言葉を使いイメージを膨らませる
・イメージをイラストや絵に描き出す
・イマジネーション豊富なシュミレーションストーリーを描き出す
・自然界の法則(物理法則や生理学など)をイメージで把握して戯画化してみる
・etc...


このような机上のトレーニングをしていく。
豊かなイメージには体を導き万招を得る秘訣があるはずだ。
すると実際にイメージを素描したほど動きの変化が生じる。
そのような成果が得られるはずではないか?

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実際、私の場合、
ノートに下手なイラストをいくつも描いて動きの様子を探る。
描いたイラストを見て新たにアイデアが付け足される。
日にちを改めて後日またそのイラストには手を加える。
イメージは醸造されていき芳醇な香りをかもし出してくる。
昔から地道にこれを繰り返している。


そしてイメージが腑に落ちて理合にあったと思えた瞬間。
自分の体の動きや筋肉のつき方や姿勢が変るのを感じた。
特段動き方を変えるためのトレーニングを必要とはせず、
イメージが体に染みついたとき体はそのように反応するしかない。
それが自分にとっての自然体だ。


自分が信じているイメージ通りに人は体を動かすだけです。
身に染みついているイメージが吟味されていく過程が必要。
イメージというソフトはバージョンアップすればいい。
すると...
体は生まれ変わる。
人間は『動物』だ。
だから動きは思考や健康にも大きな作用を及ぼしつづけている。


このようなコンセプトで【イメージ】を運動の改善に利用すればいい。
そうすることでより多くの達成感が得られるだろう。