人は自分で自分を変えることは許せる。
だが人に自分を変えられることは好まない。
・・・という以上に生理的に許せないもの。
口をすっぱくしてこうしてほしい!
このようにしなくてはダメなんだ!
といっても無駄になることも多い。
やり方を変えること。
身体の使い方などの能動的な本人の意思が必要なもでは、
『あなたはきっと何でもできる人だ』と信じることが大切。
そしてそのように接してあげることです。
あなたのなかにできる要素がある。
今は気づいていないだけ。
ちょっとしたことに気づき始めればいい。
今できていないということを責める必要はない。
『何でもできる人』と思い接すればいい。
そういう思いで他の人に笑いかける。
ちょっとしたスランプがあっても、
めげそうな苦難があっても大丈夫!
複雑に考えないで、
カンタンに考えればいい。
目的は前進あるのみ。
前進するためには目標を見失わずに、
『要するに〜すればもっとよくなる』
そう考えれば無駄な苦労をしなくてすむ。
そのアイデアを生み出す材料は、
周りを見渡せばいくらでもある。
あとは自分の得意な天賦の才能。
それを活かしいい芽を出すこと。
自分の才能を開花させるために、
賢い人のやり方をまねるもいい。
それでカバーできることも多い。
人のやり方も自分のやり方もない。
幸せになれるかどうかが問題です。
他人のアイデアを学び、
自分の問題解決に取り入れる。
それは現実的な良い対処方法です。
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他の人にそう接することができると、
自分自身に対してもそう接し始める。
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接し方の姿勢を変える。
そのことで劇的に身体の使い方がうまくなるわけではない。
身体の使い方のレベルを下げて伝えることになる人もでる。
だが本人が今後長い人生で「何でもできる」と信じること、
このように思えるきっかけ作りのほうが有意義。
ここ一ヶ月くらいの間、めっきりそう考えるようになってきた。
今日この頃です。