『アレルギーについての考察』

アレルギーってなかなかの曲者です。
ボディワーク屋さんをしていても、
ときどきひょっこりと顔を出す。


肉体的にアレルギーを改善するため対応を考えます。
リンパ液の流れをよくしたり、
胸腺にかかる圧迫を和らげたり。
肝臓部分の硬さなどを和らげる。
全身の代謝を促進させて免疫物質の配給をよくするように対応する。
他にもいくつか対処する方法があるのですが、
ここでは別の面からアレルギー対処方法を考察してみたい。


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例えば二人のアレルギーのとらえ方を入り口にして、
ちょっと考えてみましょう。

『Aさん』には、
アレルギーはかなり治りにくいという信念があります。


するとアレルギーはその信念の通り治りにくい。
思いが潜在意識にイメージでインプットされると、
実現されてしまう。


『Bさん』には、
アレルギーはカンタンに治るという信念があります。



するとアレルギーはその信念の通り治りやすい。
思いが潜在意識にイメージでインプットされると、
実現されてしまう。


でも大人になって発症したアレルギーはなかなか改善しにくい。
現実問題としてさまざまな人の体験談を通して観察すれば、
改善しにくさは確かにあるものです。
だから一般的には『Aさん』の信念が妥当であるように思えます。


ただアレルギーの発生理論を心理面や脳科学から把握していき、
そのメカニズムを理解していく。
そのうえで誰かが、
『じゃぁこうすればアレルギーは起こらないのでは?』
という発想が生まれて実践したとします。


敵を知ることで戦いを有利にできます。
アレルギーという敵を知り戦いを挑む。


それにより『Aさん』よりの信念が『Bさん』よりに傾くならば、
過剰なまでのアレルギー反応が起こりにくい状況に変わっていく。


AKより派生したアレルギー除去テクニックを擁するNAET。
そちらの本『病気よ、さようなら』を読んでみても、
AKの本質を理解して体験したことがない方には信じられない。
狐につままれたようだという感想を持たれた方が多いはずです。


『えぇっ?!なんでこれで治るの』
という感想が先に口から出てくる。


でもこのときアレルギーに対しての信念が『Bさん』寄りの方には、
症状に変化が現れるときがあるそうです。


アレルゲンと接したとき行き過ぎた危険サインがでなくなればいい。


次のような仕組みを仮説してみる。
敏感に感情(扁桃体)が刺激されて不快を感じる。
感情は受け取る側の受け止め方でレベルが可変する。
冷静に感情の乱れなく状態を受け止める。
そうすると本来影響を受ける分だけのダメージで済む。
だが感情が乱れて交感神経が高まるように受け入れられたら。。。
感情という上限のないほどに増幅できる不快感を感じる。
そのときにアレルギーという反応が起きてくる。


脳には扁桃体のすぐ下に海馬という記憶に関係する器官がある。
アレルギーを発生するための初回の手痛い経験は海馬に収められている。
後にアレルゲンとの接触があると
過去の手痛い経験とそれに伴う嫌な感情が起こる。
不快感レベルが高いならば過剰に免疫力を高めて攻撃する。


そのときの不快レベルをみてみると...
『快・普通』ならば問題なし。通常免疫対応するだけ。
『ちょっと不快』ならば少しだけ過剰反応。
『不快』ならば過剰反応。
『ものすごく不快』ならば強く過剰に反応。
ものすごく不快だ〜と感情が叫ぶ。
それに免疫装置が自律神経系を通じて影響を受ける。


微塵ほどのアレルゲンでも免疫対抗性を増幅される。
感情という可変系の組織と組み合わされ過剰に反応する。


扁桃体の感情と海馬の過去の記憶。
この二つがセットになりアレルギーを増長する。
脳の中の記憶と感情。


このふたつに安全かつシンプルな方法でアプローチすることで、
カンタンに思えるほど劇的にアレルギーが改善されることがあるという。


まぁ私はNAETの講習会に参加する資格を有しておりませんので、
自分で地道に理論づけして実用できる代物に仕立てるしかありません。
現在、必死に身内実験および試行錯誤しております。