筋肉の陰陽転化

陰極まれば陽極まり、陽極まれば陰極まる。
陰陽転化と呼ばれている。


筋肉にも、そのようなことがいえています。




たとえばデスクワークをしている方々。


それも相当な長時間にわたる緊張した状態で
時間に追われての頭脳労働であったり。
たとえばですがプログラマーシステムエンジニアは納期に追われたり。


頭脳の冴えが必要で能力の高い人ほど、
体の柔軟性を帯びての初期状態だった。


それは全身の血行と大脳への血行とは、
それぞれ相関しているものですから当然といえば当然。


ですがそのような人ほど、
長時間の座業での体の縛り付けは体調悪化につながる。


関節が緩い分だけ、ついつい疲れてくると、
座骨を立てて背筋を伸ばした状態ではいられなくなる。
いつの間にやら、骨格の歪みがちょっと出てきて固定した程度では済まなくて、
私が見れば「これは呼吸器や循環器に悪いし内臓下垂にだってつながるだろう」
と思えてきてしまう状況に至る人もあります。


健康な状態の時は体の柔軟性がある。


それがしばらくすると過緊張が続く姿勢筋が関節の遊びを奪って肩関節や股関節ばかりではなく、
椎間板を詰めてきたりしはじめるでしょう。


そうなると常時なんだか体が緩まない。
寝ている状態だったら、本来は体の姿勢筋部分を緩めなさいというメッセージがしっかり脳から出ている。
だが、そのメッセージよりも、「だってそんなこといってもさぁ」程度のことで、
メッセージを受け付けなくなってしまう。
正確に言えば、筋紡錘とゴルジ腱器官といった筋肉の長さを決定する神経因子に血行不良が及んでしまい
脳からの姿勢筋を緩めよといったメッセージが届かなくなっているのです。


そうなると、いつだって疲労感が抜けることがなくなるコンディションに。


それが継続的に長い年月に渡り続いていくとどうなるだろうか。


そうなると自律神経に関係する椎間板が縮みがきつくなってくる。
脊柱起立筋が、健康なら繊細な髪の毛ほどの太さであったものが、
気づけばパスタを引き伸ばす麺棒ほどの太さと硬さに傾いている。


そうなると椎骨と椎間板でうまく椎間孔という脊髄神経を分岐させるための出入口となる穴が狭くなる。
それが椎間孔狭窄といわれるような状態です。


その時点で脳と内臓の情報伝達のブロードバンド化したネットワークにノイズが入り出す。
すると脳から出したメッセージが椎間孔狭窄部分で電圧低下を余儀なくなり、
目的の内臓まで正確な情報を送れません。
それに内臓の状況ももっと働くべきだとか働き過ぎだから休めよとかという、
かなり重要なメッセージが脳に送られて、
脳内で他の臓器との兼ね合いを計算して
調整を行う機能があるのですが。。。
それが内臓から脳へ送られる情報も削られていて正確性に欠ける。
そのような誤情報といえなくもないデータを元に動かしますから。


なにやら奇っ怪な、
脳と内臓、脳と筋肉など、
へんな動きをだしていくもので困りものです。


そういったことが起立筋がコリコリになると、
起こりだすと言われています。


それでも、、、不思議なほどしっかり生活も送れるのが人間です。
軟部組織が遊びのスペースを設けてくれていたり、
体の部分が働けなくなっても他が補完する作用が。


過去に、緊急避難的に歪みをサポートするシステムを働かせると、
その歪みをサポートするシステムがいつしか決定的に馴染みだす。


そうして気づけば本当の歪みがない自分の体を取り戻せなくなる。


ただあまりにしっかりした補完作用を体に組み込んでしまうと、
不快感は感じて入るものの、
すでに昔感じていた普通の健康体だったことは思い出せません。


風邪をひいているときに風邪の不快感を感じるのは当たり前で、
そのときに健康体の状況を思い描くのはちょっとむずかしいし。
逆に、健康なときに風邪のつらい不快感をリアルに思いだせと、
そんなことをいわれると、なかなかしづらいものです。
またはそんなことをしたら確実に体調は悪化するはず。
陰に、ネガティブに引き寄せられてたというよりも、
身のうちにあるネガティブに意識を集中させて増幅。
陽が、相対的に小さく感じられた状態でしょう。


でも風邪を引いているときにリアルに臨場感を持って、
五感全てを投入して健康な快適状態を思い描けないし。
そのような不公平感はありますよね。
体の警報機が大変なことが起きているから対処せよ!
とメッセージを出してくれているもので、
この声が実に大きい。


だからなのでしょう。


身体がツライときは渦潮の渦に、
または洗濯機の浴槽内で
ぐるぐる回されて「あれ〜っ」と。
両手を上げている状態なのだろう。


ですが、やがてこのような警報機のメッセージも、
血流がその場へ行き渡る量が減少するにしたがい
だんだん弱くなっていく。


そして聞こえなくなります。


神経麻痺が起きた状態です。


その状態が続くと、
いつしか硬化が著しく進んだ筋肉部分が虚脱した「くにゃり感」といった、
血液量が減少し冷たい組織液がそこに置き換わっていることも起こります。


これ、筋肉が、陰極まれば陽に転じた感じ。


一見すると、
この「くにゃり感」のある筋肉がそれなりの柔らかさがあるので、
柔軟な筋肉だろうかと思われてしまうことがあります。


ですが、施術を長年しておりますと、
これは、ちょっとやっかいだぞ〜と。


虚脱した筋は、柔軟なものが硬化して、硬化しすぎて、逆に生命感を削った形での軟化したというもの。
このようなストーリーの流れをわかっているかどうかで、
現状をどうみてどう対処すべきか。
変わってくると思います。



つまりそこの「くにゃり感」のある筋肉は、
ほとんど体をその筋肉で支えるような力を
ぱっと放棄している状態となっております。


他の部位が、その「くにゃり感」のある筋肉のすべき支える仕事を補完。
それだけ複雑になってしまう。


それにも増して、
この「くにゃり感」のある筋肉の生命感を取り戻して正常化させること。
対応してみればわかりますが、時間もかかるし一筋縄ではいかない。
私は、ここまで進まれた状況に置かれた方が、
体調が復調していくような体質レベルでの改善がなされる施術を提供するところは、
それほど多くはないのではないかと勝手ながら感じております。
だからこそ、幾つもの施術院の情報を集めて対処していくべき。


施術院を選択する眼力を養うために、
私の知人は短期間の施術修行をうちでしたりもしておりまして。
そういったことも面白い試みではあるとは思います。
本人が体が大変なのに施術を学ぶのは大変ですけど。


他人ごとの勉強ではなく、自分ごとの勉強は実になる。
そのような気もいたしました。



そのような施術院を利用したり体質改善の運動を始めたりして様々な手段を用いて、
その状態を、健康でちゃきちゃきしている筋肉へとするには、
前に進んでいかなければなりません。



実際的には、施術をする側も、あまりにも大変だよ大変だよと、
そんなことを言われれば言われたほうが落ち込むのも必至だし、
良からぬマインド・コントロールをしようとしているのではと
勘ぐられてしまうことも出てきましょうから。




だから本当のところ、
私が施術をさせていただく方のときには、
少しずつ体が確かに以前より楽になった感を実感していただき、
ある程度の改善された快適感を体感できる余裕が出てきたとき。


「あのときは、本当に大変だったですよね〜」と、
お伝えできるようなのがベターなのでしょうね。


そう感じています。