高柳又四郎。
幕末最強の剣客の一人で実在した人物。
中西道場の三羽鳥の使い手で、
「竹刀を打ち交える音が聞こえない」というところから
「音無しの構え」といわれていました。
相手の剣を受けも払いもしない。
普通は相手が剣で打ち込めば、
それを受け攻撃に転じるはず。
だが同門の千葉周作との立会いで打ち合いの音がしたことのみで、
その他の試合では相手の剣と触れることなく勝負をつけたという。
試合相手も生半可な剣客ではない。
そんなことができるのであろうか?
そんな疑問を持ちながら『秘剣口伝』著者:新宮正春の小説を読んでいた。
すると「高柳又四郎の鍔(つば)」という短編があった。
小説ゆえに史実を捉えるだけではなく著者の脚色の色が濃い。
そうとわかりつつも読んでみるとなかなか納得させられた。
又四郎は藤木道満という医学と剣の道に明るい人物に、
人体の腑分け図をひろげて、血管や筋肉を動かす神経、
それに人間の急所という急所を知り抜いており詳細な説明をうけたという。
その上で手首のひねりや肘のわずかな上げ下げで、
相手がどのように動こうとしているのか事前に読み取れるという。
そのことを噛んでふくめるようにして教えられた。
試合のときに相手を鋭い目で観察し相手がどのような手で来るかをしる。
相手をよく見ていればいい。
肩や首筋の筋肉の盛り上がりや足の運びに注意し、
それぞれ打ち込む前に左右どちらかの肩を挙げるなど、
なにかしら固有の癖を持っていることがわかるだろう。
左右高低のどの方向からどのような角度で相手の剣が伸びてくるか、
あらかじめ読み取ることができれば立会いで決して遅れを取ることはない。
早くそれを見つけ出すことができれば、百戦百勝も夢ではない。
という。
又四郎は医学的知識をベースに、
相手の動きだしの癖や体の筋のつき方を検分して立ち筋を読むことができた。
そして「音無しの構え」と呼ばれるまでの負けなしの剣を身につけた。
驚異的な相手の身体を見通す技術。
それにより応対の妙があったといえよう。
『安岡正篤一日一言』という本を読むと、
「人は応対によって、まず決まってしまう。
武道などをやると、なおさらよくわかるのでありますが、
構えたときに本当は勝負がついている。
やってみなければわからないなどというのは未熟な証拠であります。」
とおっしゃられていた。
又四郎は向かい合う相手の立ち筋を読んだ時点ですでに勝負はついていた、
ということ。
高度な力量を試される勝負はそういう側面がある。
まるで相手にとってみれば予知能力を持っているようにしかみえなくても、
裏では手品の種を相手自身が露呈しているからそれを見逃さずいればいい。
ワーク屋さんを多年にわたり経験しておれば、
初見の方の動きや顔の特徴や体の偏りなどで
どのような問題点があるかを観ているだろう。
ワークを受けている方を一目ちらっとみると、
どのようなコンディションかも推測している。
先入観を拭う予測は大きく外れることはない。
日々そう経験すれば新宮氏の創作に合点がいく。
目からうろこが落ちるようだ。
相手を観察しつくす眼力がいかに大切であるか、
そのことを思い知らされたように感じました。