充実した日常はどこから・・・?

SF作家、眉村卓の短編小説に『おお、マイホーム』という奇想天外な物語がある。
簡単にストーリーを紹介するとこうだ。


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30代手前の夫婦が辺鄙な地方の11階建てマンションの11階の一室を買った。
買ったことに充実感を感じている夫・久男。
「やっぱりわれわれはよくやったというべきだよ。」
だがそれもつかの間、その11階を死守しようとする魔物に襲われる。
11階の廊下にいる魔物だ。
ナイフを持った少年、ものすごい形相で刀を振るう武士、
銃を撃ってくるギャング、プロレスラー並の不敵な男。
その他にもさまざまな魔物が玄関先から外へ出るとすぐに襲い掛かってくる。
魔物の武士に切りつけられると本当に痛みを感じて血が噴出す。
気づいてみると11階だけこの夫婦以外入居していない。
その理由はこの魔物たちが死守しているためだろうか。
奥さん茂子も「こんなことで私たちのマイホームを奪われてたまるものですか!」
その日から鉄製ヘルメットをかぶり防弾チョッキとプロテクターを着込み、
夫婦そろって襲い掛かる魔物たちを殴っては倒し殴っては倒す。
そして駅にヘルメットなどを預け夫婦そろって出社する。
帰りも夫婦そろってヘルメットをかぶり襲い掛かる魔物を蹴散らす。。。
時期にこれも日常化した。
11階に他の住人が入居したら魔物もここに住めなくなるかもしれない。
そう考えると一抹の寂しさを感じてしまう。
「やっぱりわれわれはよくやったというべきだよ。」


普通だったらこんな恐ろしい体験をすればすぐに引っ越すだろう。
だが若い夫婦が必死になりローンを組んだマイホーム。
こんな敵に奪われたくない!
このようなおそろい体験も、
夫婦が自分たちのマイホームを守る実感し続けるための日常となる。
そして「やっぱりわれわれはよくやったというべきだよ。」
という言葉が出てくるのですね。


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大切なものを死守し続けるとき充実感を感じてしまう。
でもちょっとクールに考えてみると、
魔物との戦いに敗れればどうなるか。
そのことは頭の片隅にあるが魔物との戦いを選ぶ。
なんとな〜くこの夫婦の思いにも共感してしまう。
不思議な動物です。


私にとって死守しようとしている大切なものはどんなものなのだろうか。
意外に大切にすべきでもないものを死守しようとしていることもある。
クールに考え本当の充実した日常を手に入れたいものです。