手技療法には道具が不要?そうは思いません

「手技に道具を利用するのは邪道だよ」


そのようなことをしたり顔でいっている方がいました。
不思議なことを言う人がいます。
場の雰囲気を壊したくなかった。


だから黙っていたのですが。。。


それぞれの先生ごとに得意とする手技も違いがあるのですから、
他を尊重する気持ちがあるならば邪道という物言いはできない。


偉い先生であっても、
道具を使うのは邪道と十把一絡にしてものをいうのは敵をもうける。


手技療法にも鍼灸のような針やお灸など道具を使うものもあります。
この時点で微妙な雰囲気を鍼灸師の免許を持つものがいたら
醸し出していたはずでしょう。
私は隣の鍼灸師さんを横目で見てビクビクしてましたよ。


そういった問題です。


施術とは人の体を癒す技術です。
いわばテクニックのようなもの。



話は飛ぶかもしれませんが、
料理人は包丁やまな板を使い、
宮大工はのみやカンナやのこぎりや墨つぼを使う。


いずれも手だけでできない部分があるのです。
宮大工はのこぎりなしに大切な木を切り出せない。
道具は自分の手だけではできないことをかなえる。
自分が行おうとしている仕事ではどのような作業が必要かを理解して、
その仕事を可能にするために道具を生み出したり手に入れるものです。


そして道具に対して愛情を注いで大切にします。


道具を必要としないで手だけで行えるときには、
手だけで対応すべきですが
道具を使ったほうが便利だと想像がつけば
必要な道具を見つけ出し独自に創りだせばいい。


既存の道具を使いこなすこともありだと思いますが、
自分の仕事を突き詰めて観察すれば、
独自の道具を編み出すこともありだと思います。



道具を用いたほうが仕事の成果があがるかどうかで考えればいい。
ただし今までにない道具を生み出すには、
すでに仕事の詳細がイメージで描ききれていて、
その上でそこに自分の手だけではなくて何か他の道具があったほうがいいな、
というぽっかりと開いた存在を感じたとき。
もっと便利にしたいとか効率をよくしたいとか、
様々な欲求を強烈に持ち、
手のメリットとデメリットの特性を見ぬき道具を創りだすのです。


私もギリギリまで手のみでおこなう仕事をして型を理解しました。
そこでもっと効率やお客様からの痛みを少なくして欲しいなどの
要求を聞いて道具を取り入れてきたことが多いですね。


まずは手で仕事の感触を確かめて、
それから手の延長線上の道具を得てきた過程があるから、
道具を自分の手になじませてという意味がわかるのです。